遺跡は、市原市の北東部と千葉市の南東部の境界付近に位置します。村田川の支流によって樹枝状に開析された舌状台地上にあり、標高は70m前後です。
旧石器時代の遺物は、台地の東側、標高72mの縁辺部で検出され、南北5.7m、東西4.6mの範囲内で、495点が出土しました。出土層位はいずれも立川ローム層のソフトローム層(第III層
約1万5千年前)です。
ナイフ形石器4点を含む6点の石器以外は、石器になる途中の破片(未成品)や石器にならなかった破片(剥片資料はくへんしりょう)でした。剥片資料の中には多くの接合資料が含まれていて、元の石材からどのように石器になる石材を剥ぎ取るのか(剥離技法はくりぎほう)を知るうえで、貴重な資料になりました。
石材は、頁岩(けつがん)が約8割を占め、以下、砂岩(さがん)、流紋岩(りゅうもんがん)、メノウ、凝灰岩(ぎょうかいがん)、玄武岩(げんぶがん)、黒曜石(こくようせき)、安山岩(あんざんがん)、泥岩(でいがん)、流紋岩質凝灰岩(りゅうもんがんしつぎょうかいがん)の順です。
『市原市瀬又北・瀬又南、千葉市大木戸・板倉町遺跡』(財)千葉県文化財センター 1984 |