| 28 蟻木城小考 | 田中清美 | |||||
| 遺跡所在地:有木 時代:戦国時代 |
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| 蟻木城・小野山城の概念図 | ||||||
| 蟻木(ありき)城跡は有木城跡とも記され、養老川の中流域右岸台地上に所在し、西の椎津方面、南の牛久方面も見渡すことが出来る養老川沖積地を広く望む好位置に立地しています。 城中心部は有木地区にあり、その縄張りは有木、海士および福増と山倉の一部を含む各地区の広範囲に及んでいます。 |
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| 蟻木城(画面左奥の台地)と小野山城(画面奥、右半分の台地)遠景(南側より)。線路は小湊鉄道。 | ||||||
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| 小野山城から見た蟻木城(正面台地) | ||||||
| 城の範囲は宅地化が進んでいますが、主郭部は後世の地形改変がやや有るものの土塁(どるい)や郭(くるわ)、虎口(こぐち)などが確認でき、「堀の内」「有木」「北堀」「木戸脇」「坂花輪」「田郭(辺)?」などの小字も残っています(落合氏によると、それ以外に「本城」「中城」「城手の下」の地名があったとされ、浜名氏によると屋号に「北門」「要害下」があるとしている)。 | ||||||
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| 蟻木城跡の東側虎口 その1 | ||||||
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| 蟻木城跡の東側虎口 その2 | ||||||
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| 蟻木城跡の土塁 その1 | ||||||
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| 蟻木城跡の土塁 その2 | ||||||
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| また、小野山城跡が小谷を挟んで南西側の台地上に存在しています。 小野山城跡は、主郭部が市西小学校の敷地となっており、保存状況は不良ですが、蟻木城を見下ろす位置(標高約30mで蟻木城とは7 から8m高い)にあり、おそらく一時期には蟻木城を補完するための城(最終的には搦め手としての機能も考えられる)として造られたと推定されます。 |
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| 小野山城概念図 | ||||||
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| 蟻木城跡から見た小野山城跡 | ||||||
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小野山城跡については、天正18年に後北条方の城主「小野修理亮」が豊臣方の浅野長吉により攻略され落城したという言い伝えもあります。 主郭部(I郭からIII郭)は標高約30mの長方形(80m×240m)の台地上に配置され、I郭は最高部の南側端部と考えられます。 II郭・III郭は北側の蟻木城側に位置しています 西側の養老側の沖積平野寄りには、犬走り状の細長い郭が数段存在します。 また、現在は残存しませんが、以前は東側にも台地に平行した堀切が認められ、北東側からIII郭への虎口が存在したと想定されます。 蟻木城と小野山城の最短距離は約170mです。しかし、間には小谷からの小川が流れ付近は湿地帯であったと考えられますので、それほど容易には直接の連携がやや困難な状況もあります。 |
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| 小野山城跡近景(南東側より) | ||||||
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其以後者、往還不自由故、遥々絶音問候、仍旧冬(北条)氏政当国東西へ相揺、其上号有木地取立、椎津為物主下総惣番手ニ加、相州衆相抱候、両酒井(酒井康治・酒井政辰)も去年氏政ニ一味候、然而(上杉)謙信去冬御越山相待候処、越中筋御隙故、無其儀候、当春有御越山、氏政被相押候者、両酒井并有木之地押詰、達本意度候、将亦加賀・越中・能登迄御本意之由、其聞得候、一身之太(大)慶此事候、急速有御越山、当年中厩橋ニ御在陣候付而者、上野之間、悉相調可申候間、武相之間迄も、可有御調儀候、何篇御越山火急ニ相極候、委旨可有彼口舌候條、令省略候、恐々謹言、 (天正五年)二月廿六日 (里見)義弘(花押) 直江大和守(景綱)殿 千葉県 2003 『千葉県の歴史 資料編 中世4(県外文書1) より。 |
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| 参考文献 「有木城」 『日本城郭全集B』 (株)人物往来社 1967 「有木城と北条上総介」 池田忠好 『南総郷土文化研究会誌第11号』 1978 「蟻木城」 落合忠一他 『日本城郭体系 千葉・神奈川』 新人物往来社 1980 「小野山城」 落合忠一他 『日本城郭体系千葉・神奈川』 新人物往来社 1980 「第5項 池和田落城とその後」 伊禮正雄 『市原市史 中巻』 市原市教育委員会 1986 「城郭からみた市原の室町・戦国時代」 柴田龍司 『歴史講座素顔いちはら歴史探訪―講演会資料―』 市原市教育委員会 1993 「小弓公方の家臣上総椎津氏」 浜名敏夫 『市原地方史研究 第18号』 市原市教育委員会 1993 「市原市指定文化財 有木城跡石造十三重層塔について」 安藤登 『上総市原第10号』 1997 「(3) 海士遺跡」 田中清美 『不特定遺跡発掘調査報告書(2)』 (財)市原市文化財センター 1998 「2.有木城跡」 小高春雄 『市原の城』 1999 「中世城郭について」 田中清美 『市原市東海・海上・三和地区の遺跡と文化財』 2006 「第三節 中世」 小川浩一 『市原市海士遺跡群(三入道地区)』 市原市埋蔵文化財調査センター 2008 「研究ノート 中世の養老川中流域」 櫻井敦史2008 『市原市埋蔵文化財調査センターホームページ』 |
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