平成26年度 いちはら埋文(まいぶん)講座

第5回 古墳築造プロジェクトをさぐる

−山倉1号墳−



 平成26年10月11日(土)に、今年度第5回目の「いちはら埋文講座」を開催しました。

 市原市西広6丁目にあった山倉1号墳からは、宅地造成に先立つ発掘調査で、多数の埴輪が出土しました。
 今回の講座では、これらの埴輪からわかることと、山倉1号墳が築造された時代背景について、お話ししました。

 山倉1号墳の埴輪は、形・土・技法すべてが、埼玉県鴻巣市の生出塚(おいねづか)遺跡と一致することが判明しており、長距離を運ばれてきたことは間違いないようです。
 では、そもそも80kmも離れた生産地に埴輪を求めたのか、という疑問がわいてきます。もっとも直接的な要因は、古墳時代後期後半には市原で埴輪づくりが行われなくなっていたから、ということになりますが、なぜ、埴輪づくりを行わなくなったのか、という点については、大局的に時代背景を考えなければならないようです。
 今回は、畿内王権の拠点設置や職能集団統合の進展に伴い、各地の労働力の集約が行われ、循環的に各地へ技術が伝わるという流れが生じた。その結果、「得意分野」への振り分けのような、各地の分業的状況につながったのではないか、という可能性を考えました。
 考古学的に生産組織を追求するには、古墳築造、埴輪生産という「プロジェクト」とその生産体制の分析を蓄積することが必要である、という考え方についても触れました。

会場の様子
 今回も定員を上回る69名に御参加いただきました。
石室石材

 古墳時代後期後半(6世紀後半)には古墳を構成する「パーツ」が各地を行き交いました。
会場後方には、当時の東京湾岸上総地域に特徴的な石材「磯石いそいし」の実物を展示しました。
ボコボコの表面は穿孔性のニオガイの仲間が棲んだ跡で、海辺で採掘されたことを示します。

 第5回講座ミニ展示

 エントランスホールには、君塚クワノ木古墳の石室石材(磯石)、磯石と同じく古墳時代後期後半に分布の広がる「下総型埴輪」と、山倉1号墳出土遺物(土師器壺・須恵器蓋杯・常総型甕)をミニ展示として陳列しました。【ミニ展示の資料はこちら(PDF:269KB)】

 
 次回は、11月8日(土)の開催です。

 「墓制からみるいちはら」(講師:北見一弘(当センター職員))と題し、古墳時代前期に形成がさかのぼる大規模古墳群、諏訪台古墳群について、整理作業の成果のダイジェスト版をお話します。
 どうぞお楽しみに。
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