いちはら埋文講座第3回
古代のお墓のはなしを開催しました

 平成23年7月9日(土)に第3回 いちはら埋文講座を開催しました。
 暑い中、36名の方に参加いただきました。

 今回は市原の古墳終末から奈良平安時代の墳墓について解説しました。
 古代(奈良・平安時代)のお墓は、四周に溝を廻らした方墳を小さくした様な「方形区画墓」や火葬墓などが多く作られました。
 被葬者は郡司や土豪、僧侶などのいわゆる上層階級の特別な人々と思われます。
 並んだ展示品は古代のお墓から出土した蔵骨器が中心です。

 シンプルな展示ですが初公開遺物も含まれています。

 お墓の話で涼しくなってもらえれば、と講師田中清美の冗談から始まりました。
 方形区画墓は形からも古墳からの影響が強く残っている遺構です。
 台地に広く群を作って存在します。市原では、諏訪台遺跡・新生荻原野遺跡・武士遺跡・奉免上原台遺跡などが有名です。
 この頃から遺体を火葬することが僧侶や天皇などから始まり、地方に伝播しました。
 埋葬施設は、地下式坑や土壙などに火葬骨として布に包まれたり、蔵骨器の他に、石や木の櫃に納められたりして埋葬されたようです。
 地方の有力者が墳墓地を確保すると同時に土地私有化手段のひとつとしても想定されるのではないか。という私論もお話しました。
 現在整理作業中の諏訪台遺跡(国分寺台)の説明に力が入ります。弥生時代の方形周溝墓と古墳、それに古代の方形区画墓もあわせて、総数350基もの墳墓が調査された日本の歴史に残る大遺跡です。弥生時代の方形周溝墓から古墳、そして今回の方形区画墓までが折り重なるように存在し、墳墓の詳細な変遷が具体的に分かって来ました。
 終盤には展示物の説明にうつります。皆熱心に聞き入り観察しています。
 一番左の手で触っている須恵器の甕は7世紀後半の方墳から出土したものです。右側はすべて蔵骨器とみられ、須恵器・土師器・灰釉陶器などの8世紀から10世紀の土器が並びます。
 飛鳥時代の壺の底面に「三?」と書かれた墨書がみつかっています。市内最古の墨書であろうとの説明に皆驚きました。さらには、「三」は佐是郷の「さ」ではなかろうか、という講師の独自見解も披露されました。
おまけ

 脚がついた灰釉陶器の壺も初公開モノでした。諏訪台遺跡49A号遺構出土のこの平安時代(10世紀)の壺には、3本の獣脚がついています。今にも歩き出しそうなスタイルがなかなかユーモラスです。しかし、獣の脚をつけたのになぜ3本脚なんでしょうか。


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