いちはら埋文(まいぶん)講座
| 第4回 瓦からみた市原 −遺跡からみつかる瓦を調べると何がわかるか− |
奈良県奈良市中院町にある国宝「元興寺極楽堂」。 この建物の行基葺き瓦屋根には、法興寺(飛鳥寺)の瓦が一部に葺かれています。 千三百年以上も風雨に耐えた瓦たちです。 『日本書紀』崇峻天皇即位前紀(587)七月の記事には、崇仏派(大臣蘇我馬子・厩戸皇子)と廃仏派(大連物部守屋)とが戦い、崇仏派が勝利をおさめたことが記されています。 この時の戦いにあたって、戦勝祈願を行った蘇我馬子は、祈願成就の折には寺院を建立すると約束しました。 法興寺(飛鳥寺)の建立です。 翌、崇峻天皇元年(588)三月。 百済王から仏舎利が献上され、併せて、造寺工・金工・瓦工・画工などが派遣されています。 七堂伽藍を建立するのに必要な、知識や技術を持った人々が、百済国からやって来たのです。 場所は、現在の明日香村飛鳥に定めました。 設計を行い、まずは模型などを造ったことでしょう。 崇峻天皇三年(590)には、使用する木材の伐り出しも始まっています。 建設に取り掛かったのは、崇峻五年(592)十月のことだったようです。 以来、約四年の歳月を費やして、わが国最初の伽藍寺院法興寺(飛鳥寺)が創建されたのです。 我が国では、この時初めて、屋根に瓦が葺かれました。 軒先には、百済国の寺院に見られるような紋様の軒先瓦が葺かれていました。 遺跡から発見される古代瓦をよく観察してみると、色々なことがわかってきます。 |
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| 奈良元興寺極楽堂・禅堂 (撮影 田所 真) |