いちはら埋文講座第4回
「瓦からみた市原」を開催しました

 平成23年9月10日(土)に第4回 いちはら埋文講座を開催しました。
 重陽を過ぎてもまだ蒸し暑い日でしたが、43名の方に参加いただきました。
 今回は、市原市内の古代瓦(二日市場廃寺出土瓦、上総国分二寺出土瓦)から、白鳳時代から奈良時代にかけての市原の歴史的な位置づけについて、参加者の皆さんと考えました。
 市原の古代寺院跡から出土する瓦には、軒先に様々な紋様が付けられています。
二日市場廃寺の軒丸瓦  中でも、市内最古のお寺と考えられる二日市場廃寺や、上総国分二寺からは、それぞれの時代の宮都で用いられた瓦の紋様に非常に近い紋様の軒先瓦が出土しています。
 このことから、わが国の瓦文化の特徴と変遷を大づかみで整理した上で、それらの瓦の祖形がどこに求められるのか、また、その特徴について紹介しました。
上 二日市場廃寺出土の軒丸瓦
上総国分寺の軒丸瓦  古代の瓦の意匠からでも、当時の市原が中央、または、中央官人の重要な人々から、大きな影響を受けていたことを垣間見ました。
上 上総国分尼寺跡出土の軒丸瓦
 会場には、国分二寺などから出土した瓦の一部や、七重塔模型の一部などを展示しました。
 また特別に、木更津市大寺地区に伝わる近代以降の瓦も展示して、瓦の作り方が、古代からあまり変わっていないことを示しました。
 桟瓦やスレートなどを葺くようになったのは、ごく最近のことです。
上総国分寺の軒丸瓦 上総国分二寺から出土する軒先瓦は、紋様がシャープなものと、やや甘いものがあります。
上総国分寺の軒丸瓦  それぞれの違いを、映像資料や展示資料で示しました。
 上写真は紋様がシャープなもの、左写真は甘いものです。
上総国分寺の軒平瓦  更には、紋様の片隅に遺された僅かな笵傷から、瓦の制作時期の前後関係がわかることを、映像資料や実物資料によって見てもらいました。
笵傷が見える軒平瓦  上写真は笵傷がないもの、左写真は小さな傷が横筋状に入ったものです。
展示資料を熱心に見学したり、写真の撮ったりする参加者の皆さん。
 映像資料では、七世紀からの瓦の変遷について、
素弁から単弁、さらには複弁へと、蓮華紋(蓮の花の紋様)が変わっていくことなども紹介しました。


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