いちはら埋文講座 第7回
「江戸の供養塚を掘る -最新の発掘調査成果-
を開催しました

 平成23年12月10日(土)に第7回いちはら埋文講座を開催し、48名の皆さんにご参加いただきました。
 
 市内で今もなお篤く信仰されている出羽三山信仰。この山岳信仰によって築かれた供養塚について、最新の発掘調査成果を交えながらお話ししました。

講座参加者の皆さん  講座のテーマとしてはやや地味かもしれませんが、多くのかたにお越しいただきました。
記録映像を見る参加者の皆さん  供養塚の発掘調査の話が本題でしたが、塚と信仰とは切り離せるものではありません。
 出羽三山信仰についての理解を深めてもらうために、千葉県教育委員会作成の映像記録「房総の出羽三山信仰」から、市内上高根の三山信仰に関する部分を上映。
 その後、山岳信仰について簡単な説明をしました。

担当者の説明を聞く参加者の皆さん  三山信仰の供養塚とはどのようなものか、現在も使われている市内各所の塚について、画像をみながら説明しました。
平野馬頭塚の調査前風景  昨年度発掘調査を行った平野馬頭塚
 17世紀後半期に、出羽三山信仰によって築かれた供養塚であることがわかりました。
展示の様子  平野馬頭塚の調査成果を中心に、他の塚の調査と比較する目的で、花和田三山塚(新井)・小草畑棒平三山塚・一本松塚(新生)の図面や出土遺物も展示しました。
展示の様子  詳細な調査成果を示すことのできる材料が少なく、今後の調査によって明らかになる部分が多いのも事実ですが、平野馬頭塚をはじめ、上記3つの塚については、石碑などの金石文ではなく考古遺物による年代考証など、埋蔵文化財調査の力を知っていただくことができたと思います。
松葉双鶴文鏡  平野馬頭塚から出土した「松葉双鶴文鏡(まつばそうかくもんきょう)」。
 中心のツマミ状の亀の口と鶴2羽のクチバシが接しています。桐の文に松葉、砂浜に波といった当時の流行のおめでたい吉祥文が描かれ、右下に「天下一」の銘もみえます。
 一見、江戸時代後半期に大量生産された鏡にも見えますが、一緒に出土した寛永通宝の鋳造年代から、元禄10年(1697)以前につくられたものと判明しました。
展示の様子  一本松塚から出土した多数の「かわらけ」。
 塚中央部の最下層に掘られた土坑に、50枚が埋納されていました。かわらけの小皿は、中世戦国期の特徴を残したもので、花和田三山塚で出土した薄手のすっきり洗練したものとは雰囲気が異なります。
 かわらけの直上に据えられた常滑焼の壺からも、これらの遺物の年代が17世紀前半であることがわかりました。常滑焼の壺の中には寛永通宝の古いタイプが751枚納められていました。
展示説明を受ける参加者の皆さん  展示遺物やパネルに関する説明時間が短くなってしまったのが残念でした。

平成23年度 いちはら埋文講座はすべて終了しました。
全7回の開催で、280人の皆さんにご参加いただきました。
誠にありがとうございました。

来年度のいちはら埋文講座も、是非ご期待下さい。