ここまでわかったいちはらの遺跡
特集 西広貝塚展 1
西広貝塚展について
 西広貝塚は、全国的にも有名な縄文時代の大貝塚です。その貝層の全てを採集し分析するという前代未聞の長い調査の結果、これまでの常識を覆す多種多様多量な遺物がみつかり、 それらを一挙に公開しています。土器・石器・骨角器、狩猟・漁労など当時の生活に使われた道具、耳飾り・ペンダント・ブレスレットなど身の回りを飾った多彩なアクセサリーの数々。そして土偶や石棒・特殊なかたちをした土器など「まつり」の道具類もたくさんあります。貝塚はまさに「縄文のタイムカプセル」。そのことを実感できる特別展です。
 展示は2008年6月30日をもって終了いたしますので、その内容を当サイトで連載することにしました。今回はメイン会場前、パネル展示のブースからお伝えいたします。
パネルに見る西広貝塚の発掘調査
西広貝塚の発掘調査 第1次調査(1972〜1974)
中央平坦面を主体とする調査
第1次調査時の遺跡付近のようす  昭和47(1972)年ころ
 遺跡付近は、雑木林と畑だったことがわかる。
第1次調査開始当時のようす
 グリッドと呼ばれるマス目ごとに発掘している。表土から全て手掘りの作業。現在は重機を使うのが当たり前であるから、今では考えられない光景だ。
グリッド調査のようす
 表土を掘り始めるとすぐに、縄文土器がたくさん出てきた。画面中央には、石棒(まつりの道具)も顔を出している。
 1次調査では、表土を掘り始めるとすぐに人骨も出てきた。地表からは30cmほどだ。しかも保存状態が極めて良好だった。
1次調査の途中でおこなわれた遺跡見学会のようす
 縄文時代の貝塚調査ということで、参加者はみな興味津々だ。手前のライトバンが35年の月日を物語る。
 1次調査では、貝塚の中央部から土偶や石棒などまつりの道具がたくさんみつかった。
 土偶はみな形のそろわないバラバラの状態だったが、その数140点は一遺跡のものとしては当時日本一だった。
 1次調査では、貝塚の中央部から土器などとともに、たくさんの獣骨がみつかった。イノシシやシカのもので、その量は「骨塚」と呼ぶほどだった。縄文晩期の特殊な事例として当時注目を浴びた。