西広貝塚展1

第4次調査(1982・1983)
西側斜面貝層を主体とする調査
 第4次調査は、昭和57(1982)年春から始まった。これはその夏ごろの写真。
 手前の縄文晩期の貝層の調査は進んでいるが、上方の分厚い後期貝層は、まだ手つかずの状態だ。
 4次調査の対象となった西側斜面貝層は、谷を埋め尽くすように堆積していた。ところどころ筋状に見えるのは、貝層の厚さを調べるために試し掘りした溝のあと。
 斜面貝層の厚さは、最大2mにもなった。谷の下には民家があり、その庭にも斜面から流れた貝がたまっていた。
西側斜面貝層のうち最も厚い部分。2mを超えるほどだ。
貝層の断面を観察しながら、断面図を作成しているようす
 2mにもおよぶ貝層は、貝の種類や土の混じり方を変えながら幾層にもなっていた。この部分では、数十層にもなった。こうして、作成した断面図にあわせて、地区ごとに貝層を順番に発掘していく。
上から層ごとに順番に貝層を発掘しているようす
 これを箱づめして全て持ち帰る。作業員の方たちの足元に詰まれた土のうが、斜面のきつさを物語る。斜面下から上に貝を運ぶ作業は重労働だった。
貝層の下からみつかった竪穴住居
 西側斜面貝層部分では、これを含め3軒みつかった。こんな急斜面地にも居住域があるのだ。
貝層中からみつかったイヌの埋葬
 非常に保存状態がよかった。
 4次調査では、分厚い縄文後期の貝層の北側に、関東地方では極めて珍しい小さな晩期の貝層もあった。この貝層は、規模は小さいものの堆積の状態が複雑で、獣骨なども多量に含むため、調査は難航した。
 晩期貝層は、その上部や下部から特にたくさんの獣骨がみつかった。シカやイノシシを主体とするもので、その様子は1次調査の時にみられた「骨塚」によく似ていた。
 貝層の一部は、「接状剥離」という特殊な薬品を使う方法で剥ぎとった。「生」の記録として残すためだ。後に展示などに使える貴重な資料だ。