奈良・平安時代 | 光善寺廃寺 こうぜんじはいじ | |
海岸平野の市原条里制遺跡から台地上に上がった場所です。南方には国府推定地の一つである郡本遺跡群が展開し、政治的要地といえます。1948年には早稲田大学による調査で、瓦が採集されています。瓦は千葉市弥三郎第3遺跡と同笵のもの、武士廃寺と同笵のもの、国分寺創建瓦と同笵のもの、光善寺独特のもの、など多様の種類があり、国分寺創建瓦は川焼瓦窯跡からの供給品と考えられています(須田1998)。 光善寺廃寺の創建期は、瓦の特徴により7世紀末から8世紀初頭に推定されています(笹生1993)。 『房総考古学ライブラリー7 歴史時代(1)』 (財)千葉県文化財センター 1993年 『千葉県の歴史』資料編 考古3 (財)千葉県史料研究財団編 1998年 |
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